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東京高等裁判所 平成12年(ネ)169号 判決

主文

一  原判決主文第二項を取り消す。

二  右取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。

三  その余の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その二を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の各土地(以下同目録一記載の土地を「本件土地一」、同目録二記載の土地を「本件土地二」とそれぞれいう。)につき、横浜地方法務局戸塚出張所平成八年七月三日受付第二七一六五号所有権移転登記(以下「本件登記」という。)の抹消登記手続をせよ。(A事件)

3  被控訴人は控訴人に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(A事件)

4  被控訴人の請求を棄却する。(B事件)

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、Cを「亡C」、同人作成名義の平成七年一一月一四日付け自筆証書による遺言を「本件遺言」、その遺言書を「本件遺言書」とそれぞれいう。)。

一  原判決書五頁三行目末尾の次に「亡Dの相続人は妻の亡C、E、控訴人及び被控訴人の四名であり、亡Cの相続人は長男の控訴人と長女の被控訴人の二名である(AB乙一及び弁論の全趣旨)。」を加え、同八行目の「被告」から同九行目の「F」までを「E、控訴人、G及びH」に、同六頁七行目の「一七一平方メートル」を「一七一・〇〇平方メートル」にそれぞれ改め、同九行目の「現金、」、同七頁五行目の「A」、同七行目の「(B甲二一)」をそれぞれ削り、同一〇行目の「一七一平方メートル」を「一七一・〇○平方メートル」に、同九頁五行目の「訴訟上の和解」から同九行目の「原告は」までを次のとおり改める。

「Eと控訴人の両名が遺留分減殺により本件土地三を取得(Eの持分一〇分の八、控訴人の持分一〇分の二)し、その余の請求を放棄することを骨子とする訴訟上の和解が成立したこと(B甲三。以下「本件和解」という。)により終了した。

本件和解の前提として、控訴人は亡Cの相続財産に対する遺留分を放棄することを応諾し(B甲二、弁論の全趣旨)」

二  同一〇頁二行目の「亡Cの相続人は原告と被告のみであり、」を削り、同六行目、一〇行目の各「定期預金」をいずれも「定期貯金」に、同一一頁一〇行目の「原告」を「被控訴人」に、同一五頁三行目の「その対価」から同五行目末尾までを「亡Cの相続について遺留分を放棄することを約束して事前に本件遺留分放棄の手続を行い、そのいわば対価として亡Cが亡Dから相続した亡Dの遺産の中で最も価値のある本件土地三をEと控訴人との両名で取得したのである。」に、同八行目、同一六頁一行目、三行目の各「定期預金」をいずれも「定期貯金」に、同六行目の「被告は、本件定期預金中」を「本件定期貯金には亡C名義で農協から借入れた前記二〇〇〇万円も預け入れられ、平成四年一二月末には貯金残高が約五七二〇万円に達していた。被控訴人はその中から」にそれぞれ改める。

三  原判決別紙物件日録二記載の土地の地積「二八六七・〇〇平方メートル」を「二八七・〇〇平方メートル」に改める。

四  当審における控訴人の補足主張

亡Dは控訴人とEに本件土地三を相続させる旧遺言をしていたが、被控訴人の画策により右遺言が取り消され、Eと控訴人は相続から排除されてしまった。亡Cは被控訴人に十分な財産を与えてあると考え、控訴人に同情し遺言の趣旨を十分理解して本件遺言をした。

被控訴人は保管していた亡Cの印鑑と貯金通帳を利用して貯金を払い戻した上これを費消したのであるから返還すべきである。

五  被控訴人の反論

亡Cと被控訴人らは亡Dの遺産相続に関する争いを解決すると同時に亡Cの遺産相続に関する争いを未然に防止するため、控訴人が本件遺留分の放棄手続をしたことを確認した後に本件和解をした。亡Cは控訴人の誘導工作に乗せられ字の練習をするつもりで本件遺言書の文言を記載したのであって、遺言する意思はなかった。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  争点一について

本件遺言書の作成に至る経緯及び作成状況に関する事実認定と判断は、次のとおり付け加えるほか、原判決書一七頁一行目から同二六頁二行目までの記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決書一七頁二行目から同三行目にかけての「A乙一ないし三、」を削り、同行目の「B甲八ないし二二、」を「B甲八ないし一二、B甲一四ないし二二、B甲」に、同五行目の「B甲三一」から同六行目の「AB乙四の一、二」までを「B甲三一ないし三三、B乙一の一ないし三、B乙二の一、二、B乙三、四、AB甲一一、AB乙一ないし三、AB乙四の一、二」に、同一八頁九行目の「亡Dの遺産をめぐる前訴の結果」を次のとおり改める。「しかし、Eと控訴人が右遺言を不満として遺言無効確認等請求訴訟(前訴)を提起したことから、亡Cと被控訴人は、本件和解をすることにより亡Dの遺産相続に関する争いを解決すると同時に、亡Cが亡Dの遺言により相続する財産等(亡Cの旧遺言により同女の全遺産は被控訴人が相続することになっていた。)について将来相続人である控訴人と被控訴人との間に遺産争いが再燃することを未然に防止することを企図し、控訴人が亡Cの財産について権利を主張しないことを条件として遺留分をはるかに超える財産価値のある本件土地三をEと控訴人とに取得させる本件和解に応じる旨を控訴人に伝え、そのための方法として控訴人に遺留分の放棄を求めた。そして控訴人が右申出を了承して本件遺留分放棄手続をしたので、亡Cと被控訴人とはその事実を確認した上本件和解をした。」

2  同一〇行目の「評価で」の次に「約」を加え、同一九頁一行目の「一〇四五万円」を「二六七五万円」に、「一五五五万円」を「三九七二万円」に、同六行目の「北里大学病院」を「北里大学東病院」に、同八行目の「体交」を「体位交換」に、同二〇頁二行目の「必要」から同三行目の「変形性肘関節症」までを「必要とし(一一月一四日)」に、同八行目の「亡Cに」から同九行目の「結局」までを「亡Cの財産を控訴人に譲渡する旨の書面を書いてほしいと懇請し、控訴人が訴える窮状を聞いて控訴人に同情した」にそれぞれ改め、同二一頁二行目の「間に」の次に「「はた」」を加え同三行目の「六字記載して二本線による」を「「横浜市」と記載するつもりで誤記したと見られる文字六字を記載して二本線、亡Cの住所の「横浜市」の「横」と「浜」との間に誤記と思われる文字一字の」に、同六行目の「原告が買って」を「買って」にそれぞれ改め、同二二頁一行目の「いえなから」から同二三頁四行目末尾までを次のとおり改める。

「いえないから、本件遺言書が自筆証書による遺言の様式に違反して無効であるということはできない。また前記認定事実によると、本件遺言書は重篤な病気で気の弱くなった高齢の亡C(AB乙一によると亡Cは大正四年○月○日生まれであると認められるから、本件遺言時の年齢は満八〇歳である。)が見舞いに来た控訴人から経済的窮状を訴えられて息子である控訴人に同情し、控訴人のいうままに作成したものであると認められるが、亡Cの右行為が慎重さを欠くものであったことは否定できないにしても、そのことから本件遺言書が亡Cの意思に基づかないものであるということはできない。またB甲三一によると、亡Cは本件遣言書を作成した後被控訴人に本件遺言書を作成していない旨しきりに訴えていることが認められるが、亡Cの訴えるところは明らかに事実と相違しているから、亡Cの右訴えは同人が控訴人のいうがままに本件遺言書を作成したことを後悔し、その重大性を認識して被控訴人にるる弁解をしたものとみることができるのであって、そのことはまた本件遺言書作成の時点で亡Cがその趣旨を理解していたこと、言い換えれば同女に遺言能力があったことを裏付けるものであるとみることができ、ほかに亡Cの遺言能力を疑うに足りる証拠はない。

被控訴人は、亡Cは控訴人の誘導工作に乗せられ字の練習のつもりで本件遺言書の文言を記載したにすぎず遺言書作成の意思はなかった旨主張する。

しかし、本件遺言書の体裁及び内容からそのような趣旨をうかがうことは困難であり、ほかにこの事実を認めるに足りる証拠はないから、右被控訴人の主張は採用することができない。」

3  同二三頁五行目の冒頭に「3」を加え、同行目の「しかし、他方、」を削り、同二四頁三行目の「、亡Cの」から同二六頁二行目末尾までを次のとおり改める。

「本件遺言をすることは一見すると不合理で、考えられないことのようである。しかし、判断能力が次第に衰えつつある高齢者が肉親への情愛等からその場の一時的な感情に支配され、前後の事情やそのことの意味及び重大性等を深く考えることなく、他人からみると不合理で不可解に思われる行動をとることはあり得ないことではなく、そのような行動に高齢者の判断能力の減退が多分に関係しているということはできるが、それだけの理由で高齢者の遺言能力を否定したり、作成された自筆証書遺言が高齢者の意思に基づかないものであるということはできない。

4  以上のとおりであるから、本件遺言書は亡Cの意思に基づいて作成されたものというほかなく、これが自筆証書遺言としての効力を有することを否定することはできない。この点に関する被控訴人の主張は採用することができず、被控訴人の請求(B事件)は理由がない。」

二  争点二について

1  前記のとおり、亡D(平成三年七月八日に死亡)は平成三年二月一二日新たな遺言(亡Dの遺言)をし、亡Cは平成五年一月八日に旧遺言をしたが、同年七月になって控訴人及びEから前訴が提起され、この訴訟は平成七年七月二八日本件和解により終了した。

2  そして前記認定の事実によれば、本件和解は、亡Cと被控訴人らが、右亡Cの旧遺言がされていることを踏まえ亡Dの遺産相続に関する争いを解決すると同時に亡Cが亡Dの遺言により相続する財産等について相続人である被控訴人と控訴人との間に将来遺産争いが再燃することを未然に防止するため、控訴人が亡Cの財産について権利を主張しないことを条件として遺留分をはるかに超える財産価値のある本件土地三をEと控訴人とに取得させることを応諾したものであり、控訴人においても被控訴人らが和解に応じる理由と目的を理解し、将来亡Cの相続について控訴人が財産を取得しないことを了解の上本件和解をしたものである。もっとも、控訴人が本件和解をした際亡Cの旧遺言の存在を知っていたと認めるに足りる証拠はない(控訴人本人は亡Cの旧遺言を知らなかった旨供述している。)が、控訴人本人は遺留分放棄をしなければ和解に応じないと被控訴人から言われたこと、本件和解に応じた場合に将来亡Cの遺産について控訴人は何らの財産も取得できないと考えていたことを供述しており、本件和解をもって亡Cの遺産相続問題を含めて解決することを承認し、いわばその代償として遺留分価額を超える財産を取得したことは明らかである。

3  B甲一四(前記遺言無効確認等請求事件の訴状)及び前記事実によると、亡Dの遺産は不動産六筆(ただし、相続開始時の筆数であり、二八八番四、同番六、同番七(ただし、持分一〇分の三)、同番一〇、二八九番三、同番六の各土地)合計四億一〇九四万八四八三円(右訴状記載の評価額。以下同じ。)と現金、預貯金、家具及び電話加入権合計一六一九万九二八六円を合計した四億二七一四万七七六九円(ただし、葬儀費用を考慮しない金額である。)であり、亡Dの遺言によりそのうち一億八〇六三万六三六三円相当の不動産を控訴人の離婚した妻と子、被控訴人の夫と子の四名が共有で取得し、被控訴人は二五〇九万〇九〇九円相当の不動産(生前贈与を受けた土地を含めると四四七二万七二七二円)を、亡Cは残りの二億〇五二二万一二一一円相当の不動産と現金等一六一九万九二八六円の財産(右合計二億二一四二万〇四九七円)をそれぞれ相続したが、本件和解により亡Cが相続した財産の中心を占める本件土地三(評価額一億五三〇三万〇三〇三円)をEと控訴人が取得することになったため、亡Cが相続する財産は二億二一四二万〇四九七円から六八三九万〇一九四円に減少し、被控訴人が将来亡Cを相続することにより取得するはずの財産も大きく減少したことが認められる。すなわち、本件和解がされた結果として、被控訴人は亡Cが相続した右財産をそのまま取得すると仮定して単純に合算すると自らの生前贈与を含めて一億一三一一万七四六六円の財産を取得するのに対し、Eと控訴人の両名は控訴人の生前贈与を含めて合計一億六五九九万〇九九九円の財産を取得したことになるから、亡Dの相続に関しては、将来被控訴人が亡Cの遺産を取得することを前提として考えた場合、控訴人、E及び被控訴人がそれぞれ取得する財産について右三名の間にそれなりの均衡が図られたとみることができる。もっとも、現実には控訴人が本件土地三の持分一〇分の八をEに帰属させたため、Eは同人主張の遺留分価額約三九七二万円を大幅に超える約一億二二四二万円の財産を取得し、控訴人は生前贈与を受けた土地(約一二九七万円)と本件土地三(評価額約一億五三〇三万円)の持分一〇分の二(約三〇六〇万円)を合計しても約四三五七万円相当の財産を取得したにすぎず、同人主張の遺留分価額約三九七二万円を超えているものの取得分が少なくなっている。しかしこの点は控訴人自らの意思によりEに本件土地三の持分の大部分を取得させた結果であるから、後記判断においてこの不均衡を重視すべきではない。

4  このようにして図られた各相続人間の均衡は前記のとおり病院に見舞いに訪れた控訴人が亡Cに経済的な窮状を訴え同女がこれに同情して本件遺言をしたことによって破られることになったが、前記認定の事実関係からすると、亡Cが本件遺言をするについて控訴人からの実質的な働きかけが中心的な役割を果たしたこと、言い換えれば控訴人の働きかけがなければ亡Cは本件遺言をしなかったであろうことを容易に推認することができる(控訴人本人は亡Cが控訴人に同情して自発的に本件遺言をしたようにもとれる供述をしているが、本件和解に至る前記経緯や亡Cが被控訴人と同居して面倒をみてもらっていたというような事情に照らして容易に採用することはできない。)。

そして前記のとおり、控訴人は、亡C及び被控訴人が本件和解により亡Cの相続問題を含めて解決しようと考え控訴人が亡Cの遺産について権利を主張しないことを条件として本件和解に応じたことを承知し、亡Cの相続について控訴人が財産を取得しないことを納得の上本件和解に応じたのであるから、控訴人が亡Cに働きかけて本件遺言をさせることはすなわち本件和解の趣旨に反し、自ら応諾した条件を覆す行為にほかならない。

以上の事情を総合すると、年老いて判断力が衰え病気で気も弱くなっている亡Cに対して本件和解の趣旨を変更させるような働きかけをして本件遺言をさせた控訴人の行為は、自ら応諾した本件和解の前提条件を覆して本件和解の趣旨を無にするものであって、被控訴人との間の信義に反すること著しいものがあるといわなければならないから、控訴人が被控訴人に対し本件遺言の効力を主張することは権利を濫用するものであり許されないというべきである。したがって、控訴人の本件登記請求は理由がない。

三  争点三について

右のとおり控訴人が被控訴人に対し本件遺言の効力を主張することは権利を濫用するもので許されないから、控訴人が本件遺言による亡Cの旧遺言の取消しを主張することもまた許されないことになる。そして、亡Cの遺産は亡Cの旧遺言により全て被控訴人が相続しているから、仮に控訴人が主張する不当利得ないし不法行為が成立するとしても、そのことにより亡Cが取得した不当利得返還請求権ないし損害賠償請求権はいずれも被控訴人が相続しており、控訴人において右請求権を行使することはできない。したがって、控訴人の不当利得返還請求等はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第五結論

よって、原判決中被控訴人の請求(B事件)を認容した部分は不当であるからこれを取り消し、その余の控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 裁判官 笠井勝彦)

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